体重:83.4
血圧:136/92
あ、ちょこっと減ってる。いえいっ
さて、昨日、一昨日と遠距離介護という題名をつけて、「母か倒れた」というところまで書きました。
私が実際にオムツを変えたり、毎日一緒に暮らしてお世話をしているのではなく、葛藤しながら、「鹿児島にいる年老いた両親を、どうすれば幸せに過ごさせてあげれるだろう」と日々葛藤しているありのままをお伝えしたいと思っています。
そして、遠距離で両親と暮らしている方で、「仕事と子育てもあるし、一緒に暮らすことはできない。でも、心配だし、手続きとかやらなきゃいけないし、どうすればいいのだろうか。」と、焦るし孤独を感じると思います。
私も「どうすればいいんだ!!!!!」と、東京と鹿児島の距離で、娘を育てながら毎日葛藤していました。いや、しています。の方が正しいですね。
母が73歳で倒れたその時は、娘はまだ高校2年生でした。
私はその時、シングルマザーで娘2人暮らしでした。「えーーーーー」と、母が倒れた動揺と、様子を見に行かなきゃいけないけど、娘どうしよう。
もーそれは葛藤の日々ですよ。
ちょっと記憶が定かではないのですが、娘は高校生なので、今の旦那さんに毎日家に様子を見にきてもらった気がする。。
本当に綱渡りのような日々だったなぁ。
父に「母さんが倒れた。病院の先生の説明もあるから、帰ってきて」と呼ばれたので、速攻飛行機のチケットをとって、母の元に到着。
意識がほぼない、白目を向いたような状態の母に対面した時は「母ちゃん」
あまりに変わり果てた母の姿に、嗚咽が響き渡る状態でずっと、私が泣いていた記憶が残っています。
あんなに元気なった母が。何事も自分で仕切って、料理上手で掃除洗濯もバリバリこなして、文句のつけどころがないスーパー主婦だった母さんが倒れるなんて。
正直、父さんが先に倒れるだろうと思っていたんですよ。。
実は、母が倒れる前に、父は癌が発見されて大手術をしていたんです。倒れる1年前くらいかな。
私が、娘をつれて正月帰省して帰ったその日の夜に、父は高熱にうなされたらしいです。そして病院に連れて行ったら、「こりゃ大きい病院に連れてって」とお医者さんに言われて、鹿児島市内の病院へ。調べたらガンが発見。
腎臓を一つ、切り取る大手術を行いました。
「あー、父さんガンになっちゃったか。。」とショックを受けていたのですが、
その後は忘れてしまうくらい、元気になり手術は大成功です。
抗がん剤治療などはすることなく、元気に暮らしていました。
その一年後に母が倒れたんですよね。
あ、そろそろ出勤の準備しなければならないので、また明日描きます。
今日は、全くギャグが出ませんでしたね。
そんな日もあってもいいかな。では、アディオス

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