体重:83.6
血圧:133/106
今日もまた、バトルロワイヤルな朝である。暑い。暑すぎる。暑いというより、太陽が刺さる。攻撃されている。私が何したっていうの?(結構やらかしてるからな。やられて当然かもしれんな。うん)
今日は日曜日なので、父と電話で話をした。
私のブログの1つのテーマでもある、「遠距離介護」に少し絡めていきたいと思います。
先日までにお伝えしている通り、私は大阪府茨木市で大きくなりました。(横にも縦にも)そして、23歳で東京に転勤するまで、23年間、なにわの町、人情の町大阪で育ちました。(大したボケなし)
私の両親は、鹿児島県の出身です。九州最南端のあそこです。
母は、高校を出てから名古屋に就職。3人姉妹の長女です。本当は勉強大好きで、行動力の塊のような女性だったので、大学に行きたかったんですが、祖父に「長女のお前が大学行ったらみんな行きたいって言い出すから、あかん(鹿児島弁で置き換えてお聞き取りください。)」と言われ、泣く泣く諦めて「こんな家、はよ出てったる」とさっさと名古屋に出て行ったそうです。
母の実家は、田舎によくあるなんでも売っている商店でした。
靴から豆腐まで売っている、なんでも屋ですね。私は0歳から毎年、鹿児島に帰省していました。そのお店を見るのが楽しくて楽しくて。幼心に店番とかしちゃったりして、お店楽しかったですねー
ボロボロなんですけど、近所の人が「静江さん、おいやー?」あ、これは静江さんは母のお母さんなのでは、ばあちゃんですね。おいやーは鹿児島弁で「いらっしゃいますか?」です。鹿児島弁って、青森弁とかに匹敵するぐらい、ネイティブばあちゃんじいちゃんが喋っていると、まっっっったくわかりません。どこの国の人? ん?ロシア?フランス?宇宙人? みたいな。全くもってわかりません。もう、話しかけられたら顔を引き攣らせながら、「はい、そうですね」みたいな、全然話わかってないのに返事してました。「私のこと嫌い?」で聞かれてても、「はい、そうですね」って言ってたと思います。ごめんよー。ご近所さん。
あ、なんの話でしたっけ?脱線暴走特急、よっちゃんブログなので、お許しください。えーっと、母が名古屋行って、(雑)父も、鹿児島商業高校卒業後、柔道推薦みたいなよくわからん方法で、な、なんと一流企業の東レに入社しました。
そして、彼も名古屋へ。鹿児島の人、名古屋しか列車止まらんのかな。その頃飛行機なかったはず。(ググったら飛行機で名古屋行けたの、昭和40年かららしいです。)、お父さんは金持ちのお嬢様と恋に落ち、ロマンス結婚を祖父に相談したら「お前は一人っ子なのだから、同郷の嫁しか認めん、以上!!」みたいな感じで、即却下ですよ。この時代。
そして、「そろそろ結婚せいや」と鹿児島弁で祖父に言われて、誰かいい子おらんかと、近所の仲人チャンビヨンの、父の母の叔母夫婦(ややこしや〜 野村萬斎風)が、母に白羽の屋を立てたのであります。
オカンも、「そろそろ結婚してはどないだ」と鹿児島弁で、祖父からよびもとされ、めでたくお見合いとなったのです。
うちの母ちゃんは、したたか。「東レというブランドと結婚した。そして親のゆうこときいとけば、いざ離婚しても、協力してくれるやろ」と私には語っておりました。おそるべ計算づく女。ま、正解でしたけどね。金銭的には。
お見合いの最後に、「よろしくお願いします。」頭を下げた父の頭が、禿げていることにそこで気づいた。と言っとりました。(めっちゃおもろいやん。もっと決める前に相手の顔見ろや。 禿げとるやないかい!!と、フットボールアワーの後藤の気持ちになったかは、定かではありませんが)
そして、お見合いの日から一週間後に結婚式挙げたらしいですよ。時間ないから。なんやそれ。おもろいやないかい。もーネタの宝庫ですね。ありがとう父さん母さん。
母は、「ぶっかぶかのサイズの合わない婚約指輪もらった」と言っとりました。
絶対前の人に買ったやつやん。オトンあかんやろ。
この夫婦、おもろかったです。ネタはつきません。
あれ? 遠距離介護の話、どこいった?
あのー、私東京住んでまして、鹿児島の父と母を見るために必死のパッチで、色々やってます。(その中身話すんが筋やろがい)
また、今度ですね。結構大変ですよ。はい。

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